駅員が高配当株投資で早期退職を目指すブログ

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転職体験談① 僕が会社を辞めるまで

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キャッチ②



転職といっても、今話題のドラクエウォークのことではありません(笑)

リアル転職の方です。

需要があるのかは知りませんが、私の転職体験談

これから転職をされようとしている方々のお役に立てれば幸いです。

まずは私が転職を決意するに至ったお話です。

同じ業界の方がおりましたら、「そうだよね・・・」と思っていただける内容だと思います。



①ノルマへのプレッシャーで疲れ果てていた



私は某コピー機メーカーの営業マンでした。

販売代理店ではなく、メーカー直属だったので、業界全体からすれば恵まれていたでしょう。

それくらいコピー機業界はノルマ、ノルマの世界です。

売上・粗利益・販売台数・・・半期(半年)ごとに目標値を与えられました。

毎期105~120%のペースでノルマが増えていきます。

コピー機は一度売ってしまえば、1枚コピーやプリントするごとに課金されます。

ひどい契約だとモノクロで8円、カラーで45円とかいう契約がありました。

1,000枚カラーコピされれば、それだけで45,000円の儲けです。

この45,000円の殆どがメーカーの利益です。

メーカー側のコストなんてあって無いようなもの。

メーカーはウハウハでした。コピー機本体を70%以上値引きして売っても、

あとから入ってくる出力課金で儲かるようになっているのです。

だからコピー機は、かつては金のなる木と言われていました。

しかし時は経ち・・・・どのオフィスに行ってもコピー機はあるようになりました。

市場は完全に飽和状態になりました。

そこに紙需要の減少というトレンドと、リーマンショック以降の

コスト削減の波が業界を襲い、一気にレッドオーシャン化していきます。

しわ寄せは営業マンに来ました。

コピー機事業の下落を補うために様々な施策が行われました。

しかしその施策は悉く失敗し、結局コピー機を売れ、という指示に戻りました。

この頃、お客様はペーパーレスにシフトし、コピーやプリントが「無駄」であることに気づきました。

「必要だけど、どこも機能は同じだから、どのメーカーでも良いし、安いところから買おう」

こうして値段競争が激化し、コピー機を売れば売るほど利益が減っていく状況になりました。

それでも売上補完のためにノルマは増えていきました。

年々上がるノルマと年々下がる会社の収益。

そして上司からのプレッシャーの数々。

私は疲れ果てていました。



②辞めていくエース達



異動者リストが半期に一回メールで送られてきます。

そこには退職者欄も含まれていて、段々と退職者が増えていました。

そこに名前が挙がるのは、私なぞでは遠く及ばないようなエース達の名前がありました。

話を聞くと、どの方も会社の将来性に絶望して、転職先を探していたとのことでした。

エース達は会社に引き留められましたが、悩む素振りもせずに断ったそうです。

中には引き留めの面談すら断った人もいました。

一番の強者は

「来月には転職先に入社するので、明日から有給消化します。今日が最後の出社日です」

と言い放ち、本当に出社しなかった人ですね。

これはお偉い方が激怒していましたね(笑)




③転職を決意~1回目の決意~



会社のエース達が消えていき、ついには私の同期のエースまでも転職していきました。

この同期のことを私は尊敬していたので、彼の転職が、私を決意させました。

私も転職しよう

といっても、何をすればよいか分からず。

とりあえずリクナビNEXTに登録し、オファー案件を見て、適当に応募して。

エントリーシートは通りました。会社のネームバリューでしょう。

面接も最終まではいきます。

しかしその面接で落ちることが多かったです。

原因は恐らくですが、転職に対する後ろ向きな姿勢だと思います。

今の会社が危ないから・周りが転職しているから

その程度の姿勢で転職活動をしていたのです。

恐らく面接させてもらった企業にも、その浅い考えが伝わったのでしょう。

それでも内定をくれた会社が1社だけありました。

勤務地は近所、しかし年収は現状より下がる。凄く悩みました。

それでも今の会社よりいいかな、と思い始めたその矢先。

妻が妊娠しました。

どうしようか、悩んでいる間に内定先への返答期限が来ました。

私は入社できない旨を伝えました。

妻に負担を掛けられない。収入が下がるのはキツイ。

そして何よりも。

自分がやりたい仕事が何なのか、分からなくなっていたのです。

こうして私の1回目の転職活動は幕を閉じます。

1年間は妻のために費やそうと思ったのです。

いや、妻をダシにしているだけで、転職が怖かったのです。

環境の変化に自分が耐えきれる自信が無かったのです。

覚悟も無しに、流されて転職活動をしていた自分が情けなかったです。



②に続く